2008年04月07日
三位一体についての解釈
このようなことをそう呼ぶんですね。
ますますなぞは深まるばかりですね。
三位一体(さんみいったい、さんいいったい)は、カトリック・正教会・単性論教会等の伝統的教会、およびプロテスタント等のキリスト教の大多数教派における中心的教義の1つ。正統教義のひとつである。4世紀に確立された。ギリシャ語で Αγία Τριάδα(「聖なる三」の意)、ラテン語で Trinitas (「三にして一」の意)という。正教会の一員である日本ハリストス正教会では至聖三者(しせいさんしゃ)。また、この教説における意味での神の性格を三一性という。
なお、ユニテリアンなど三位一体を認めない教派もある。
「父なる神」と「ロゴス (λόγος) である子なるイエス・キリスト」と「聖霊」の3つが、皆尊さが等しく、神は固有の三つの位格(自立存在: 希 υπόστασις (hypostasis), 羅 persona)でありながら、実体(希 ουσία (ousia), 羅 substantia)は同一であるという意味。なお聖霊について、正教会に属する日本ハリストス正教会では「聖霊」ではなく、「聖神(せいしん)」を訳語として採用している。[1]
これら3つの位格はしばしば簡潔に父と子と聖霊(聖神)と言い表される。
正教会では神における三つの自立存在 (υπόστασις) を強調するため、一の語を用いず、「聖なる三」(希 ?γίας Τριάς: hagias trias. 日本ハリストス正教会の訳語では至聖三者(しせいさんしゃ))という。「父と子と聖神、一体の聖三者をおがみて」(主日前晩祷早課)など、祝文(祈祷文)の随所に、織り込められている。
三位一体が理論として成立する、つまり「三位一体」という術語が成立するのは4世紀であるが、その萌芽は新約聖書文献のなかにすでに見出されるという見解がある。父と子と聖霊の関係を提示しているとする材料に挙げられるのは1世紀末頃に成立する『ヨハネによる福音書』であり、そこには、神である父が神であることば=子を遣わし、見えざる父を子が顕わし、子は天の父のもとへ帰るが、父のもとから子の名によって「助け主」なる聖霊を遣わす(ヨハ1:1, 14, 14:12, 16-17、26)という構図である。
アウグスティヌスは三位格の関係を「言葉を出すもの」父、「言葉」子、「言葉によって伝えられる愛」聖霊という類比によって捉えた(『三位一体論』)。三者はそれぞれ独立の相をなしつつ、一体として働き、本質において同一である。これは西方神学における三位一体理解の基礎となる。また西方では「力」である父、「愛」である子、「善」である聖霊という理解も見られる。
対して正教会では、ニュッサのグレゴリオスなど、三位格の独立性・自立性を主張する論が多くみられる。三位はそれぞれ自立しながら、その完全性ゆえに互いに優劣差別をもたない。ゆえに他を排することなく、その愛の交わりは完全であるとする。抽象的な一致への想念を巡らす以上に上記の如く、永く伝えられてきた祝文(祈祷文)の随所で歌われ讃められ、愛を知る便りとなる。
引用『ウィキペディア(Wikipedia)』
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